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井上 ヨシマサ(いのうえ ヨシマサ、1966年7月18日 - )は、日本の作曲家、編曲家、シンガーソングライター、音楽プロデューサー、大阪芸術大学演奏学科客員教授。東京都出身。
実兄は作曲・編曲家、音楽プロデューサーとして活動している井上日徳。
6歳からピアノでクラシックを習う。小学4年生の時にビッグバンド(東京ニイニイゼミ・ポップス・オーケストラ)に入団、ジャズの基礎を学ぶ。
1979年、テクノポップバンド『コスミック・インベンション』のメンバーとして、本名の井上能征(読み同じ)名義でビクター音楽産業からメジャー・デビュー。アイドル的な楽曲や活動に抵抗を感じ、在籍時から作曲を始める。
1980年12月、YMOの日本武道館公演のオープニングアクトを務める(豊武能征名義)。
1982年、コスミック・インベンション解散。
1985年、コスミック・インベンションの担当ディレクターが同じ田村充義だった縁で、小泉今日子のアルバム『Flapper』に楽曲提供。井上 ヨシマサ名義で作曲家活動を開始。「(当時の)アイドルと同世代の作曲家」として注目を集める。小泉とは1987年のシングル「Smile Again」の作曲、1989年のアルバム『ナツメロ』の編曲、小泉がテレビ番組で「学園天国」を披露する際に野村義男らと共にバックバンドとして出演するなど関わりが深い。
1986年、テレビアニメ『光の伝説』(テレビ朝日)にて伊藤つかさと共に声優を務めた。挿入歌の歌唱も自身が担当した。
1987年、アルバム『JAZZ』をビクター音楽産業から発売。
1988年、荻野目洋子に楽曲提供した「スターダスト・ドリーム」がオリコンチャートの週間シングルチャートで自身初となる1位を獲得。
1990年、マニピュレーターの久保幹一郎と音楽ユニット『ATOM』を結成。きっかけは音色選び、ミックスダウンに至るまで聞こえる音は全て編曲の一部との解釈からだという。ミキシングからマスタリングまで自分達の手で手掛け、中山美穂や光GENJIなどの作品を井上が作曲する。その他にアンナ・バナナとのユニット『RHYTHM Remedyz』(リズム レメディズ)も結成。
1995年、インディーズでミニ・アルバム『SAVE4U』を発表。