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渡辺えり

渡辺えり



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Wikipedia

渡辺 えり(わたなべ えり、1955年1月5日 - )は、日本の女優である。演出家、劇作家、作詞家、日本劇作家協会会長、として活動している。2022年よりファザーズコーポレーション所属。本名および旧芸名は渡辺 えり子(わたなべ えりこ)。

人物

  • 山形県山形市村木沢出身で、血液型はO型、身長は160cmである。俳優の土屋良太とかつて婚姻した。
  • 幼少期から自らの死が怖い所謂タナトフォビアと言う珍しい精神疾患を患っており、2歳の頃に自我が芽生えたときに、母親に「どうして自分を生んだんだ!」と発言して母親を困惑させたことがある。しかし5歳の頃にある物語を読んだところ、自分の死の事を忘れられることに気が付いたという。演劇を始めたきっかけも、「その時だけは、死を忘れる事ができて、なおかつ熱中できるから」と言う一風変わったものであった。
  • 山形県立山形西高等学校在学中は演劇部に所属していた。高校卒業後、18歳で上京して舞台芸術学院に入学し、舞台「盲導犬」を観劇して主演の蟹江敬三の芝居に衝撃を受け、劇団を作ることを決意。
  • 1978年、もたいまさこらと「劇団2○○」(げきだんにじゅうまる)を結成。1980年に「劇団3○○」(げきだんさんじゅうまる)と改名。1997年同劇団解散後、2001年に「宇宙堂」を結成。作、演出、出演の三役をこなす。1982年、幻児プロの『ウィークエンド・シャッフル』にて映画初出演。
  • 1983年、『ゲゲゲのげ』で岸田國士戯曲賞受賞。野田秀樹、山元清多と同時受賞。
  • 1996年6月9日に、劇団3○○所属の12歳年下の若手俳優・土屋良太と東京都渋谷区の代々木八幡宮で挙式。仲人は5代目中村勘九郎が務めた。
  • 2006年4月に関東学院大学工学部客員教授に就任。担当は現代芸術論。憲法第9条の改正に反対している。2005年3月、『マガジン9発起人となった。しんぶん赤旗の紙上で共産党への期待も語った経験がある。
  • 18代目中村勘三郎は昔から酒をよく飲み語り合う仲で、勘九郎時代に舞台の台本を書くためにと、勘九郎の自宅の空いている部屋を借りる話があった。勘九郎曰く「この人(渡辺)と出会ったのは良かったよ。最高だよ」と、冗談ぽく、しかし信頼を置いて渡辺を評する。そんな勘九郎の事を、渡辺はオフでは「哲明さん」と、本名で呼ぶことが多かった(『しのぶとえり子のふっふっふ』にて)。
  • 親しい美輪明宏から託された宇梶剛士に舞台を経験させた。宇梶は「未だに(渡辺には)頭が上がらない」とたびたび発言している。
  • 2007年9月26日、美輪の助言で芸名を「渡辺 えり子」から「渡辺 えり」に変更したことを9月27日に公表した。
  • 人形劇団結城座自主公演『森の中の海』(2007年11月19日より・於下北沢スズナリ)で、作と演出を務める。客演として稲荷卓央(唐組)を迎え人形と役者の共演を初演出する。
  • 2008年4月1日からシス・カンパニーが所属事務所になった。同年5月10日から6月8日シス・カンパニープロデュース公演『瞼の母』(主演:SMAP・草?剛)で演出を担当した。
  • 平和安全法制に反対を表明している。
  • 2016年3月1日から日本劇作家協会副会長を、2018年から会長を務める。
  • 平成28年の熊本大地震後のバラエティ番組放送自粛に関して、レギュラー出演しているフジテレビ制作『バイキング』において、自粛に関しては「必要」という姿勢を示しつつも単にバラエティ番組を放送しないのではなく、内容を被災者向けに配慮するなどの措置はすべきだとの考えを語り、自身の体験談も交えながら涙で訴えた。
  • 2019年4月1日に土屋良太との離婚を所属事務所の公式ホームページで発表した。
  • 2021年4月12日に、12年間所属したシス・カンパニーを円満退社して個人事務所「渡辺えり事務所」を立ち上げることを発表した。
  • 出演

    テレビドラマ


     

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